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Selfishly

Selfishly

inferiority complex  p1


 ~ inferiority complex ~

ーーー 私の髪が、こんな古ぼけた煉瓦のような色じゃなく、
      あんな日の光で編んだような美しい髪だったら・・・。

ーーー 私の瞳が、こんなくすんだ鼠のような色でなく、
      二つの稀少な金剛石の輝きを持った瞳だったら・・・。

ーーー 人と話すのが苦手で、いつもオドオドしてしまう自分が嫌で、嫌で・・・。
      あんな風に明るく綺麗に笑えたら、誰もがきっと振り返る。
鴉のようなガーガー声で話すたびに、人は失笑を浮かべて私を見る。
『おやおや、えらく醜いアヒルが居ることだ』と・・・。

不器用な手先が嫌。人の目を見て話せない自分が嫌い。
思わずどもる話し方しか出来ない自分が、酷く惨め。

優しく微笑んで挨拶してくれたあの人に、返す事も出来なくで・・。
ただ、ただ小さく頷くだけ・・・。

もし私にあんな髪があったら。
あんな、瞳があったら。
思い切って声をかけるのに。

小枝を飛びかう小鳥の可愛らしい囀りや、
豪奢な籠で高らかに詠い、寵愛を欲しいままにしているカナリアのように、
高く美しい声があるのなら、あの人を呼ぶわ。
『ねぇ、こっちを向いて』と。

でも・・・、私はそのどれ1つとして持っていない。
こんなくすんだ灰被り姫には、魔法使いは訪れない。
あの人に近付く馬車も無ければ、着飾れるような中身も無い・・・。

どうして・・・、どうして? どうして神様は・・・こんなに不公平なの!
ずっと、ずっと誰も私を見てくれない。
いつも片隅でひっそりと佇むしかない私に、あの人だけが微笑んでくれたのに。
差し伸べられた手を、握り返す勇気さえ持てないほど、惨めな私に。

・・・欲しい。
あの髪も。瞳も。微笑みも、声も、手も足も、体全部。
全部、全部手に入れれば、きっと私も歩み寄れる筈よ。
頭を上げ、人を惹きつける笑みを湛えて、
ゆっくりとあの人に歩いていける。

そして告げるのよ。
「あなたが好きなんです」と・・・。


 ***

「やぁ、最近偉くご無沙汰じゃないのかな?」
回線が繋がった先に、そう挨拶の言葉を投げかけてやれば、
数瞬の間が落ち、不機嫌そうな気配が伝わってくる。
『・・・忙しかったんだよ。
 ちょっとこっちで良い情報が入ってたんだ』
良く聞かされる言葉が帰ってくるのに、ロイは重い嘆息を業とらしく吐いて返す。
「そうかね。
 が、だからと言って、定期報告を怠る理由にはならないんじゃないのかい?
 君が溜めている定期報告は、1つ、2つ・・・、数えるのも馬鹿らしくなるな」
そう呆れたように言葉を切ってやれば、途端に焦ったような声が返ってくる。
『べ、別にさぼってたわけじゃ!
 ちゃ、ちゃんと書いてはあるんだ、本当だぜ?
 た・・ただ、持って行くのが面倒で・・・』
しどろもどろの言い訳に、さくりとロイが言い返す。
「そうかね、そう聞いて安心した。
 では、後は出すだけと言うわけだ。では、早速出しに来て貰おうかな」
『えっー! 今から!?』
不満と焦りの混じった文句が上げられる。
「そう勿論。今から直ぐだ。
 なーに、書き上がっているんだ、持って来るだけなら対した手間もかからないだろ?」
『・・・・・・・、もうちょっと後でもいい?』
「駄目だ。いいから1度戻ってきなさい。
 報告書は・・・着いてから書けばいいだろ?」
見透かしたように、そんな言葉を告げてやれば、気まずそうに了承の返事が返ってくる。
『・・・判った。今から帰る。
 報告書は・・・着いたら書く』
渋々自分の怠慢を認める言葉に、ロイは苦笑が浮かぶ。
「ああ、それで構わない。
 司令部の部屋を1つ用意しておくから、そこで書くといい」
『・・・判った』
暗くなった声に、思わず心が緩むのは自分の悪い癖だ。
そう、悪い癖だとは判っているのだが・・・。
「まぁ、宿題ばかりさせるのは可哀想だからな。ちゃんと仕上げたら
 良いご褒美を渡してやろう」
『ご褒美?
 何それ!? もしかして、何か情報入った?』
途端に明るく勢いを取り戻す相手に、ロイは判ってやったとはいえ、
予想通り過ぎる反応に思わず噴出しそうになる。
「情報は残念ながら、芳しいのが無くてね。
 が、以前から君が気にしていた文献が何冊か届いてるよ」
『マジ!?
 何? なぁ、なんの文献なんだよ?』
「さぁ?何だったかな。
 何せ渡し主が余りにも来ないもんだから埃を被ったまんまでね。
 そろそろ片付けた方がいいかと思ってた位なんだが・・・」
 そう意地悪に告げてやりながら、執務室の横にきちんと積まれている書籍を
 大切そうに撫でる。
『え~! チラッと位見たんだろ?』
諦め悪く追求してくる相手の反応も予想通りだ。
「まぁそれは・・ね。
 受け取るときに確認する必要があったから」
『んじゃあ、少しくらいは覚えてるだろ?
 イカロスの翼は? 黒薔薇の棘とかさ。あっ、生命の・・』
「鋼の」
一声強めに名前を読んで止めさせると、漸く頭も冷えたのか、
エドワードが口を噤む。
エドワード達が探している文献は、禁書に近いか禁書そのもののものばかりだ。
それをいくら電話だとはいえ、どこで聞きとがめられるとも限らない。
『ごめん・・・。
 んじゃあ、直ぐに戻るわ』
幾分落ち着いた声で、返事が返ってくる。
「ああ、そうしなさい。楽しみは取っておくものだ」
『楽しみって・・・、俺は子供じゃないてぇの』
ブツブツと小声で不満を漏らしている処が、既に子供なのだが。
ロイは堪えきれ無くなった笑いを漏らしながら、少しだけご褒美の前渡をしてやる。
「まぁ、それらは揃っているのは伝えておこう」
『・・・マジ?』
「ああ。それとそれ以外にも数冊ね」
『うっそぉ・・・』
感嘆と驚きの混ぜ合わせた呟きが洩れ聞こえてくる。
「うそかどうかは、来てからのお楽しみ」
『うん! すぐ帰る! もう帰るから!

 アルー! アル、直ぐ東方に帰るぞ! 用意しろよぉー』
傍には居なかったのか、大声を張り上げて弟に話しかけている。
「急ぐのは結構だが、気をつけてな」
『判ってるって、大丈夫だ!』
勢いの良い返事にも、幾許かの不安が残る。
何せ彼ら兄弟はトラブルに懐かれて困る体質だ。
急ぐ余り、トラブルを吸引でもしては堪ったものではない。
「本当に気をつけて帰ってきてくれたまえよ」
念を押しての言葉にも、調子の良い返事しか返ってこない。
『判ってるって。 
 んじゃあ、用意もあるから電話切るぜ?
 あっ・・と、今近くまで来てるから、明後日にはそっちに着くからな。
 じゃあな』
ガチャリと勢い良く切られた先を持つロイは、はぁと溜息を吐きながら受話器を下ろす。
「近くまで来てるなら、最初から寄ればいいだろうに・・・」
やれやれと小さく首を振る。
どうせあの元気者は、こうしてロイが捕まえて呼び戻そうとしなければ、
素知らぬふりで通り過ぎようとしていたのだろう。
「連れない想い人を持つ苦労も察して欲しいものだね・・・」
綺麗に整頓されている本の表紙を撫でながら、ロイはポツリと独り言を呟いた。


 ***

エドワードがロイに告白されたのは、今回の旅に出る前日の事だった。
出発の挨拶がてら司令部に寄って皆に挨拶をしていると、
早番で帰り支度をしていたロイに誘われて、食事に出かける事になった。
以前から、資料室で時間を忘れて籠もっているエドワードを引き連れて食事に
行く事も多かったので、特に気にすることもなく着いていく。
何かと嫌味やからかいを口にしては、エドワードの神経を逆なでする上司だが、
決して嫌いな人間ではない。
話をしても、さすがエドワードより長年研鑽を積んでるだけあってためになるし、
言わないことはあっても嘘や誤魔化しはしないで向かい合ってくれる。
おかげで叱られる事も多々あったが、それでもそれはエドワード達を思っての言葉なのも
本当はちゃんと判っているのだ。
言われた時には、生来の天邪鬼な気質が反発を見せるが、
時が経ってから、じわりと胸に染み込んでもいた。
ロイは不思議なほど、エドワードの気持ちを察するのが上手くて、
ふとした瞬間にさりげなく差し出される温かい手に、何度縋りそうになったか。
それでも甘える自分が許せずじっと耐えていると、跳ね返された事を気にせず触れてくれた。
ポンポンと背をあやすように叩くだけの時もあれば、
肩を抱くようにして温もりを与えてくれる時もあった。
照れくささに、邪険に振り解いても「元気が出たか?」と笑って返してくれた。
母を失ってから、エドワードにそんな風に接してくれたのは、
幼い頃から変わらない祖母のような人と、幼馴染に、師匠夫妻。
そして、ロイだけだった。
家族のような人々から与えられた無償の愛情とは微妙に違う不思議な感情。
何があっても許してくれるという前提とは違って、嫌われたくないと思う自分がいる事実。
そう言う意味では、ロイはエドワードの特別な人間なのかも知れない。
が、それがすぐさま恋愛や愛に繋がるには、エドワードは幼すぎているのだろう。

「はぁ~、上手かった!」
満足そうにお腹をさすりながら、満面の笑顔でそんな感想を呟いていると、
そんな自分に負けず劣らず嬉しそうに微笑んでいるロイがいる。
その微笑が妙に気恥ずかしくて、居心地が悪い。
思わず居ずまいを正して座りなおすエドワードに、ロイはデザートのメニューを
差し出してくる。
「デザートも食べるだろ、勿論?
 ここはデザートもお薦めらしいから、何個でも頼んでみなさい」
そうやって差し出されたメニューには、確かに美味しそうなデザートの写真が
ずらりと並んでいる。
食べたいという要求はあるが、どうしようと戸惑いも浮かんでくる。
もともと必要以上に食事をする方ではなかったが、ロイの今日の食はいつもに増して
細かったような気がする。
早番だと言っていたが、前日から司令部に泊り込んでいたと言うから、
もしかしなくても、相当疲れが堪っているのかも知れない。
「えっーと・・・。今日はデザートはいいよ」
そんな気持ちが、エドワードに遠慮を生む。
「どうして? 君は甘いものが好きだっただろ?」
小さく驚いてように返してくるロイに、エドワードは言うべきか言わないかに迷う。
「で、でもあんたも疲れてるだろ?」
「私が?」
意を決して言った言葉に、ロイが目を軽く瞠る。
「だ・・だって、昨日泊り込みだったって言ってたしさ。
 そ、それに今日はあんまり食べてもないし。
 そのぉ、早く帰って寝た方がいいかな・・と」
気遣われる事はあっても、その逆は無かったせいで、妙に気恥ずかしくなって、
エドワードはテーブルに視線を落とし俯いて、早口でボソボソと話す。
「ああ・・・」
と言う呟きと共に、納得できたというような気配が伝わってくる。
そして暫しの沈黙。
エドワードは、やはり戻るほうが良かったんだよなと思いながら、視線をロイへと向けると、
思わず視線が止まってしまう。
そこには見たことの無いような表情のロイが、エドワードをじっと見ていたからだ。
困っているような、躊躇っているような、そして、辛さを忍んでいるかのように。
「た、大佐?」
そんな表情をエドワードに向けて、ピタリと動きを止めている相手に、
動揺を隠して呼びかけてみる。
「・・・ああ。済まない、気を使わせてしまったようだね」
「やっ、別にそんな・・気を使うって程じゃ・・・」
苦笑しながら言われた言葉に、しどろもどろで返事を返す。
そして、エドワードに貼り付けていた視線を逸らしては、何か考え込んでいるような相手に、
どう対応したら良いのか判らず、エドワードは取りあえず黙ったまま座っていた。
そして漸く顔を向けてきたかと思うと、ロイは机に投げ出したままのエドワードの手を
そっと握り締めてくる。
「・・・!」
言葉も出なくて、オロオロと視線を彷徨わせているエドワードの反応に、
ロイは小さく宥めるような笑みを送ってくる。
「少しだけ話を聞いて欲しい」
「は、話?」
聞き返す声が上擦るのは仕方が無い事だろう。
「そう。そんなに時間は取らせない。
 そして、聞いたからと君に返事を強要する事はしない。
 返事は・・・君がしたいと思う時が来たら、返してくれれば」
そう告げてくる表情が、余りに真剣で・・・そして、哀しそうに見えて
エドワードは思わず頷いていた。
そんなエドワードの反応に、ロイはホッとしたように息を吐き出し、
次には意を決したように話し出す。
「告げるべきではないのかも知れない。
 が、告げずにいるには、もう・・・限界にきているのも確かなんだ」
不穏な言葉の始まりに、エドワードの胸に暗い翳が広がっていく。
自分たち兄弟は、世間に秘している過去がある。
今の生活に、いつ亀裂が生じて破綻してもおかしくない身の上なのだ。
この上司はそれを知って尚、エドワード達を助けてくれてはいるが、
それだとて無理も限界も無いわけではないだろう。
ーーー 俺ら、やばいのかな・・・ ---
そんなエドワードの心中の言葉を判るはずもなく、ロイは話し出すが、
その話の方が、更に衝撃を生んだのは間違いない。
「鋼の・・・いや、エドワード」
改まって名を呼ばれ、目をパチクリと瞬かせる。
「君と私は14歳も年が離れている。
 それに加えて、同性同士だ」
余りにも判りきった事を確認してくるように話すロイに、
エドワードの当惑を深くなるばかりだった。
「だから俄かには信じてもらえないかも知れないが・・・」
そこまで告げると、ロイはぐっと唇を噛み締める。
そうやって力を溜めるようにすれば、自然と握られていた手の平にも
力が加わり、中に包み込まれていたエドワードの手も鈍い痛みを伝えてくる。
「それでもこれは真実、私の気持ちだ。
 エドワード、君が好きだ。愛している」
そんな言葉は、親兄弟位かそれに近い人々からしか言われた事はなかった。
だから、余りに予想外過ぎて、茫然としてしまうのも当然だろう。
「君らに出会ったときから、君の事が気になって仕方が無かった。
 始めは、哀れな・・・失礼。
 だがそんな気持ちで気になるのだと思っていた。
 そんな君たち兄弟に、出来るだけの事をしてやりたいとも。

 が、ぞれだけでない事に気づいたのは、君が軍のメンバーや町の人々と
 楽しそうにしている笑顔を見ていて、それを羨む気持ちや妬む気持ち。
 人はそれを嫉妬というのだろうね。そんな気持ちを抱えている自分がいて、
 『ああ、掴まってるな』・・・とね。
 それでも、当然ながらそん常識外れな感情を幼い君にぶつけられる筈も無い。
 だから、ずっと延々と悩んで、溜め込んできたんだが・・・。
 
 自分の気持ちは誤魔化すのが難しい。
 そして、この思いを誤魔化したくないと思う自分もいる。
 だから正直に伝えようと思う。
 が、だからと言って君に返事を強要する気はないし、今後の付き合いを
 変えるような事はない。
 君がいつか・・・、そう本当の意味で大人になって、
 答えても良いと思うときが、もし来たなら。それが、たとえ私の気持ちに答えられないという
 返答であっても。私は喜んで聞くつもりだ」

そう告げる相手から、エドワードの視線は釘付けにされたままだった。
言葉を挟む・・・、そんなタイミングなど判るはずもないし、ロイが必要とも
思ってもいないようだった。
ただ彼は伝えたかっただけなのだ。
自分を・・・エドワード・エルリックを好きだと。


その後の事は良く覚えていなかった。
食事の礼もそこそこに、逃げるようにアルフォンスの待つ宿屋へと走り去った。
そしてそんな自分の態度に、何一つ不満を告げずにロイはエドワードを見送った。



「兄さん、楽しそうだね?」
アルフォンスに話しかけられて、エドワードは自分が今何処にいるのかを思い出した。
「な! な~に言ってんだよ!
 べっ別に楽しくなんかないぜ!楽しいはずがないだろ!」
回想していた内容がばれたのかと冷や冷やしながら返してみるが、
あの時の事は話していないのだから、それは気にしすぎだっただろう。
案の定、アルフォンスが不思議そうに首を傾げてくる。
「えっ、何で? 嬉しくないの、文献が読めるんだよ?」
訝る弟の様子に、エドワードはようやっと今回の帰還の目的を思い出す。
「えっ・・・。
 そ、そうだな! めちゃめちゃ楽しみだよな!
 けど、大佐やってくれるよなぁ。イカロスに黒薔薇、しかも生命のまでだぜ。
 殆ど絶版のもんばかりだよな」
「そうだよ、本当に大佐には感謝しなくちゃね。
 僕らじゃ、到底見つけれなかったと思うもの」
「・・・ああまぁな」
思いが詰まって胸が少し苦しいのは、気のせいだろうか。
ロイはこうやってエドワード達の為に奔走してくれている。
まだ年若いエドワードでは、融通を聞かせれないような場面では、
先に手を回してくれて取次ぎしてくれていたり。
伝手を使って、書庫を友好的に開放してくれるよう頼んでくれていたり。
「今度きちんと何かお礼をしなくちゃね!」
弾むように言われた言葉が痛い。
ロイに返せるものなど、エドワードには1つしか持ち得てない。
金も地位も、向うのが上なのだ。
彼の役に立てる部下として、傍に入れるわけでもない。

そこまで考えて、エドワードはアルフォンスに気づかれないように
小さな嘆息を吐く。
ーーー 俺が持ってるものなんて、この身体位だもんな ---
知識も経験も、それも相手の方が遥かに先に進んでいるのだ。
相手が望みそうなもので、エドワードが持っているものなど、何も、
何1つとして無い。

それに・・・と自分の右の手の平の拳に視線を落とす。
ゆっくりと閉めてから開く手の平。
エドワードはそれを数度繰り返し、先ほどより深く重い嘆息を吐く。
この身体は、柔らかくも、綺麗でもない。
骨ばった骨格に、傷だらけの皮膚が纏い付いているだけだ。
しかも、片腕片足は生身でさえない。
ロイの気持ちが嘘だとか、からかいだとかは思わない。
あの時、エドワードの手を握っていた彼の手の平は、緊張の為に汗ばんでいた。
真っ直ぐに自分を覗きこんでいたロイの瞳には、
どこまでも真っ直ぐな思いだけが浮かんでいた。

それでも・・・と思う。
こんな自分が彼に相応しいわけもないだろうと。
もう少し歳が近くて、彼の会話に気の利いた返事を返せる経験があれば。
ーーー でも事実は、反発して喚くだけの餓鬼で ーーー
しゃれたレストランに行っても、気後れせずに出来るだけの教養を持っていて。
ーーー ロイはいつもエドワードを気遣って、行儀に煩くない店を選んでくれる ---
傍に居て、笑ったり、怒ったり、慰めたり、泣いてみたり。
そんな事が一緒に出来る立場でもないのだ、自分は。
1度の禁忌は隠蔽して貰えた。が、これからの再度の大罪まで、相手に負わせることは
出来ない事なのだ。

だから余計に思うのだ・・・。
女性になりたいとは全然思わないが、出来れば・・・そう出来れば、
普通の子供として、ロイに巡り合えてたら・・・と。
そうすれば、言ってくれた言葉に、少しは自信を持って返せる事も出来ただろうに・・・と。




 ***

「じゃあ、僕は先に宿を取ってから行くね」
「おう。どうせ俺も先に報告書を書かなくちゃいけないしな。
 文献は借りてくか、持ち出し出来ないようなら詰めて読む事になるだろうし」
「うん、そうだよね。
 じゃあ暫くはこっちに居る事も伝えておくよ」
「ああ、頼む」
駅の改札を出て、それぞれの分担を確認し合うと、エドワードとアルフォンスは
別れて歩き出す。
駅から軍までの道のりは、通いなれている。
いつもなら、古書屋を覗いてみたり、図書館への誘惑に負けることもあって、
フラフラとしながら行き着くのが遅れる事もしばしばだが、
今日は真っ直ぐに早足で歩いていく。
だって、目当ての物が軍に揃っているのだから。と、そんな言い訳じみた理由を上げてみる。
が、それだけで無い事は、エドワードにだって判っている。
ロイが言っていたではないか。自分は誤魔化せないと。
恋とか愛とかと、自分の気持ちとの区別は明確じゃない。
けど、ロイに逢える事を素直に喜んでいる自分もいるのだ。
浮かれ調子の自分を責め、反省するように落とす速度が
気づけば速くなっている。
そんな自分を諫める為に立ち止まり、深呼吸をして早鐘を打つ胸を落ち着かせようとした矢先に。
「・・・あのぉ、エドワード・・君?」
聞き覚えの無い声が、自分を呼びかけてくる。
「えっ?」
と振り向いた先には、見覚えのある女性が立っていた。
「あっー、えっと確か軍の通信室にいた・・・」
何度かロイと一緒に入った部屋で見た事があったが、
名前までは思い出せないか、聞いていないのかだ。
「良かった・・・覚えて貰っていて」
その女性は、そんな風に頼りなげなセリフを吐いた。
街を歩いていてエドワードに声を掛けてくる人間は多い。
大抵は挨拶だったりするのだが、たまに若い女性や妙齢の女性も声をかけてくる。
・・・勿論、エドワード目当てではなくて、エドワードが出入りできる軍の。
 はっきり言うと、ロイとのコネクション目当だが。
が・・・。目の前の女性を特に気にもせず眺めていたエドワードだが、
それでも、いつもの女性達の目的とは違うだろうな・・・と何気なく思う。
ロイにコネクションを取ろうと近付いてくる女性達とは、大分と違っていたからだ。
ロイは若くして軍の高官で、有名人だ。
容姿も・・・認めるのは癪だが、男前だろう。
綺麗とか、美男子と言うのとはちょっと違うが、整った造形に男としての貫禄が備わっていて、
シャープな男らしさが際立っている。
そのせいか、良くもてているようだった。だったと言うのは、軍のメンバーから
聞かされてる話からだからだ。
そんな男性に近付こうとするのだから、どの女性もそれなりに容姿に自身があるタイプが
多いのだろう。
可憐で上品な女性もいた。エドワードが思わず気後れしそうなグラマラスな美女も。
家柄の良さを感じさせる鮮麗された女性や、流行に敏感でセンスの良さそうな綺麗な人も。
が、今目の前に佇んでいる女性は、そのどれもと違う。
溌剌とした女性が多い軍の中で、珍しくも寡黙なタイプだったから、
名前も知らないのに、逆に印象的で覚えていたのかも知れない。
マリアと名乗った女性は、目が悪いのか黒淵の大きな眼鏡をかけていた。
髪も無造作に後ろで纏めているだけのせいか、バラバラと解れた髪が
散払らになっている。
前髪は眼鏡を覆い隠すように下ろされていて、顔がはっきりと判らない程だ。
化粧っ気がない唇は、余り手入れがされていないのか、カサカサとささくれが見て取れた。
地味なかっちりとしたオーソドックスな服装は、彼女を余計に歳いかせてるようにも見える。
でも、エドワードの目を惹いたのは、そんな細かな点ではない。
彼女の燃えるような髪の毛の色だ。
この国にも珍しい赤毛は、エドワードに違うものを思い浮かばせる。
そのせいか、思わずじっと視線を動かさないエドワードの様子に、
不快感を与えてしまったのか、マリアは顔をより一層俯けてしまう。
その彼女の動きで、漸く自分の不躾意さを知ったエドワードは、
取りあえず、呼び止められた用件を聞こうと話し出す。
「えっーと、ごめんな。
 何か用だったのか?」
エドワードがそう声をかけると、女性はホッとしたように息を付いて
話し出す。
「ご、ごめんなさい・・・。
 対して親しいわけでもないのに呼び止めちゃって・・・」
「や、それは別にいいんだけど・・・」
年上の女性に謙遜されれば、強くは出にくい。
「お・・お願いがあるの」
「お願い?」
いきなりの展開に、エドワードは訝しむように首を傾げる。
「私・・・今日はもう上がりだから家に帰る途中だったんだけど、
 気分が・・・気分が悪くなっちゃって」
そう告げるマリアの顔を見れば、確かに蒼ざめている。
「大丈夫か? 何なら、軍医を呼んで来ようか?」
慌ててそう気遣うエドワードに、マリアが大袈裟に首を振る。
「そ、そんなに酷くないの!
 だっ、だから・・・そのぉ・・・。
 出来れば、家に連れて行って貰えないかしら?
 ・・・寝不足のせいだと思うから、寝ればマシになると思うのよ」
「で、でも・・・、ちゃんと病院に行った方が・・・」
エドワードの母親は、病院に通う事無く亡くなってしまった。
その時まで、元気にしていたのに。
「本当に大丈夫なの・・よ。
 お願い、家に連れて行ってくれるだけでいいの。
 びょ、病院は、かかりつけのお医者様が居るから」
懇願するように必死な様子に、エドワードも完全に納得は出来ないまま、
細い身体を支えるつもりで肩を貸す事にした。

然程遠くないアパートの部屋に行くまでに、ポツリ、ポツリと
会話を交わす。
実家は西方の田舎の街で、それなりに裕福な家があること。
自分は5人兄姉の末っ子に生まれた事。
両親共々、美男美女の夫婦から生まれた兄姉達は
皆、綺麗で賢かったこと。
「家族の中で、私だけが全然駄目で。
 良く父や母にも、溜息を吐かれたわ。
 兄さんも姉さんも、優しくしてくれたけど、いつも諦めたような視線で
 私を見ていた。
 どうしてかしらね・・・皆、綺麗な。そうあなたの髪の様な色だったのに、
 私だけが、こんな色で生まれちゃって・・・」
そう独り言のように話しているマリアが、肩を貸している間に綻びたエドワードの髪の
一房をさらりと触れた。
ーーー ゾクリ ---
何気なく触れられただけなのに、思わず体中に悪寒が走ったのに戸惑う。
ロイや軍のメンバー達が、からかい混じりに触れたり、掻き雑ぜられたりした時には
感じた事が無い不快感だ。
エドワードはそんな失礼な思いを振り切るように、「そんな事無いよ・・・」と
力なく呟いた。
容姿の事は、余り気にした事も無い。
母親は確かに綺麗な女性だと思うし、幼馴染も自分ではピンとこないが美少女らしい。
髪の色は遺伝が大きい。
生まれた時に赤毛で、大人になるにつれ金髪になる人もいると聞いたから、
金髪の要素は不確定な部分も多いのだろう。
彼女が兄姉と違った色で固定されたのは、多分に優性遺伝の配色の強さが問題だったのだろうが、
それ程、気にする事だろうか?
女性の拘りは、少年のエドワードでは解り難い。
そんな事を考え、黙々と歩いていると。
「ここよ」
そう告げられたアパートを見上げる。
年代物の建物だが、きちんと手入れされているせいか、古ぼけた印象は受けない。
2階だと言う彼女に促されるように、部屋の前まで支えて歩く。
扉の前まで行くと、エドワードは支えていた腕を外してもらい、
帰ろうとする。
「じゃあ・・俺、これで司令部に行くけど。
 何かあったら、司令部に電話くれたらいいから」
そう告げて踵を返そうとした瞬間、腕が強い力で引かれる。
「待って! まだ帰らないで!
 お、お茶・・・そう、お茶も出さないで帰すなんて」
「えっ? いや・・・別にいいよ。
 お茶なら、司令部に着いたら出してくれるし・・・」
マリアの余りの勢いに、エドワードの戸惑いが大きくなる。
「駄目よ! 助けて貰ったのに、お礼もしないで返すなんて。
 わ、私・・・困るわ」
「別に本当に気にしてくれなくても・・・。
 俺はただ、送ってきただけで・・・」
「お願い、お願いよ!
 お礼にお茶だけでも出させて頂戴」
エドワードの腕を両手で掴んでは、放さないとばかりに引かれれば、
強引に振り解くわけにも行かない。
「・・・じゃあ、一杯だけ飲んで帰る・・・」
渋々ながらそんな返答を返せば、マリアの表情がパッと明るくなった。
「ありがとう! 本当にありがとう!
 さぁ入って。美味しいお菓子もあるから」
グイグイと手を引っ張られて部屋に足を踏み込んでいく。
リビングへと連れられてソファーに座らせられると、エドワードは落ち着き無く
ソワソワしながら、部屋を見回す。
知らない人の家に入るのも気後れはしない方だが、やはり若い女性の部屋へと
招かれるのは緊張する。
ぐるりと部屋を見回すと、そこかしこに家族の写真がおかれていたり
掛けられていたりする。
マリアが言ったとおり、両親と思しい人は綺麗な夫婦だった。
兄や姉なのだろうか、美しいブロンドの青年や女性達が微笑んでいる。
それだけを見ていれば、幸せな家族の風景の1つだろう。
ーーー だけど、何でマリアさんが1枚も映ってないんだ? ---
家族全員が揃っている写真にも、アリアの姿は映ってはいない。
それが妙に不自然に思えてくる。

「お待たせしてごめんなさい」
そう言って手にトレーを持って出てきた上には、
湯気が立ち昇るお茶と、見た目も美味しそうな菓子が並んでいる。
「これ、私が作った物だから、お口に合うか判らないんだけど・・・」
自身無げに差し出されたカップと皿を、礼を言いながら受け取る。
「そんなことないぜ。めちゃ美味しそうだ」
「ありがとう。よければ沢山あるからお替りしてね」
それに軽く礼をしながら、出されたお菓子をぱくりと頬ばる。
「上手いー! 美味しいよ、これ。
 マリアさんって、お菓子作るの上手いんだな」
エドワードが嬉しそうにお菓子を頬張っているのを眺めながら、
マリアは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう・・・私、それ位しか取り得が無いから」
「そんな事無いぜ! こんな美味しいお菓子が作れるなんて、
 凄い事だぜ」
出されたお菓子を頬張りながら、先ほど思った疑問を口にして聞いてみる。
「なぁ、あの写真って家族の写真?」
エドワードが目で指し示す方角を、マリアも視線を向け、小さく微笑む。
「ええそうよ。私の自慢の家族なの」
そう答えた声は、自慢気で、少しだけ切なそうなトーンだった。
だからエドワードも、頬張る為に伸ばしていた手を止め、マリアを見る。
「似ていないでしょ?
 どうしてなのかしらね?
 幼い頃は本当に、自分は貰われ子じゃないかと悩んだ位よ」
その声が哀切に響いて聞こえ、エドワードは口の中の物を
唾液と一緒に飲み下す。
「あなたは思ったことはないかしら?
 もう少し綺麗だったら、頭が良かったら、会話が上手だったら・・・。
 もっと良かったのになぁって」
その言葉には、エドワードだって思い当たる事がある。
いや・・・誰だって人なら、1度はそう思うときがあるのではないだろうか。
今の自分と別の人間になるのではなくて、その良い点を吸収したいと。
「・・・それは俺も判る気がする・・・。
 けど・・・」
言いかけた言葉は、マリアの否定で掻き消える。
「嘘よ、嘘! あなたになんか、判る筈ないわ。
 そんな綺麗な金髪を持ってて。
 頭だって、最年少で国家錬金術師になれて。
 何でも出来て、欲しいものは全部持ってて!」
声を荒げて叫ばれた言葉に、エドワードは呆気に取られたように動きが止まる。
叫んだ息を整えるように、マリアが息を吐き出しながら肩を落としてみせる。
「ごめんなさいね・・・、あなたに当たるみたいな事して」
「いや・・・いいんだ、俺も軽はずみで判るかもなんて言っちゃったから・・・」
気詰まりな空気を払おうと、エドワードは幾分冷め始めたカップに手を伸ばす。
ハーブティだと出されたお茶は、エドワードには少し香りがきつくて、
砂糖が甘く感じるほど入れられていた。
が、飲めないほどでも無いと、ぐいっと一気に呷ってカップを置く。
「ご馳走さま。美味しかったよ。
 じゃあ俺、もう行かなくちゃ行けないから」
そう告げて立ち上がろうとした動きは、マリアの言葉で止まる。
「どうして私が載っている写真が1枚も無いんだろうって思ったんじゃない?」
その問いかけに、上げかけた腰を落として視線を向ける。
「・・・思った」
エドワードは正直に答える。
「だから、それが判らないあなたには、私の気持ちが判る筈ないって言ってるのよ。
 あんな綺麗な両親が居て、それに良く似た兄姉が揃っていて、
 私が・・・私が、そこに並べると思うの」
「そ、そんなの関係ないんじゃ・・・家族なんだろ?」
「そうよ。正真正銘血を分けた家族!
 だから、だから余計に辛いんじゃない!」
他人なら、あんな人間も居るんだなぁと言う妬心位で済ませれる事も、
本来なら分け与えられた筈の同じ遺伝子同士の家族。
子供の頃から、いつになれば自分もあの兄や姉のようになれるのだろうかと思い続け、
思春期を過ぎた頃には、思い続けるのに疲れ果て、諦めてしまった。
そこには、絶対に自分がああならないと言う辛い確信に満ちた思いが育っていた。
一生懸命に自分を引き立てようとしてくれた兄や姉は、色々な飾りや服をくれては
マリアを着飾ってくれた。
けど現実は、それを見た両親の溜息だ。
どんなに着飾ろうが、手入れをしようが、自分の髪が輝く色になるはずもなく、
容姿が変わるわけでもない。
子供のときは憧れや夢があったから、いつかこんな服が似合う女性になりたいと
思っていた。
が、現実を痛感させられた後は、そんな兄や姉の心遣いが苦しくて、痛くて
・・・惨めだった。
白鳥は、何もしなくても白鳥になる。
烏はどれだけ綺麗な花で身を纏っても、烏なんだ・・・と。

滔々と語るマリアに、エドワードは告げてやる言葉が出ない。
彼女の伝えたい言葉は解る。エドワードだって、1度として人を羨まずに生きて
きたわけじゃない。
が、じゃあそれで自分が変わるのかと言えばNOだ。
自分は自分なのだ。
変えようと本当に思うなら、自分から行動に移さない限り変わらない。
妬むなら憧れを抱き。
近付きたいなら、一歩一歩自分が歩み出す事だ。
どんな些細な事でもいい。自分が自身を持っていけるものを見つけて。
しかし、目の前のこの女性に今それを告げたとしても、聞き止めてもらえるとは思えない。
どうしようかと逡巡した後に、エドワードはお菓子のお礼を伝えた。
「ご馳走様。凄く上手かった。
 マリアさんには、そんな素晴らしい特技もあるんだから、
 皆に自慢してもいいと、俺は思うぜ」
マリアはぶ厚い眼鏡の奥で、瞼を瞬かせる。
そして、ツッーと一筋の涙を零したのだった。
「ありがとう・・・、あなたは本当に優しい子ね。
 あの人が可愛がる気持ちがわかるわ。

 私だって、私だって・・・もう少しでもあなたのように綺麗だったら・・・。

 だから、私に譲って頂戴・・・あなたの全部を」
今まで俯き加減にしか視線を向けなかったマリアが、そう告げながらエドワードに
真っ直ぐな視線を射るように向けたと思った瞬間。
エドワードは薄くなる意識の先で、綺麗な面を見る。
それは、狂気に縁取られてはいたが・・・。

《inferiority complex  p2に続く》




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